東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)99号 判決
東京都豊島区南大塚一丁目二七番一五号
原告
中村友喜
右訴訟代理人弁護士
山口民治
小川修
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
前尾繁三郎
東京都千代田区大手町一丁目三番二号
被告
東京国税局長
安川七郎
被告等指定代理人
篠原一幸
大沢秀行
柴田定男
吉羽一蔵
河奈祐正
竹内学治
右当事者間の賦課処分無効確認等請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
(原告)
「被告国税局長が原告の昭和三六年分所得税の無申告加算税一一一万四〇〇〇円、延滞税三六一万三八〇〇円、旧利子税二万一三八〇円の徴収のため昭和四五年一月一四日原告の住友不動産株式会社に対する実測精算金未収金債権六四四二万一六四〇円につきなした差押処分は無効であることを確認する。被告国は原告に対し金四四五万六八九〇円およびこれに対する昭和四四年五月三日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに金員支持を求める部分につき仮執行の宣言
(被告ら)
主文同旨の判決
第二原告の請求原因
一 原告は、昭和三六年二月二四日別紙目録記載の土地・建物を大江貿易株式会社に対し代金三〇〇〇万円で売り渡したところ、豊島税務署長は、右譲渡により原告に一三六七万九七一九円の譲渡所得(課税標準たる所得)を生じたとして、原告に対し昭和四〇年三月五日付で昭和三六年分所得税額六一六万一八三〇円、無申告加算税額一五四万二五〇円の賦課決定をなし、該処分は、原告の異議申立(みなす審査請求となつた。)に基づく昭和四一年七月一一日付の被告国税局長の裁決により、総所得金額一〇五七万九八二〇円、所得税額四四五万六八九〇円、無申告加算税額一一一万四〇〇〇円の限度において維持された。
二 しかし、原告は右譲渡により何らの所得を得ておらず、豊島税務署長はこのことを知り、もしくは容易に知りうべきであつたにもかかわらず、敢えて右課税処分をしたものであり、しかも、課税処分の前提として当然なすべき法の定める調査を怠つているのであるから、右処分は重大かつ明白な瑕疵あるものとして当然に無効である。すなわち
原告は今次大戦戦争犯罪人として拘禁され、その所有にかかる別紙目録記載の財産は昭和二一年勅令第二八六号特定財産管理令により大蔵大臣の管理するところとなつたが、大蔵大臣は、善良な管理者としての注意義務に反し、その管理を等閑に付したため、富坂警察署員が宿泊所として無断占拠するに至り、もともと日本風高級ホテルであつた別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は原状をとどめないまでに荒れ果ててしまつた。そこで、昭和二六年四月に釈放された原告は、昭和三〇年一月二八日日本相互銀行から借り受けた二五〇万円で本件建物の什器・備品を整備し、次いで昭和三三年四月二四日第一信託銀行から六〇〇万円を借り受け、うち四二四万円を本件建物の増・改築費に、一七六万円を総檜舞台の設置や庭園泉水の修築費用にあて、さらに、昭和三五年三月二四日日本相互銀行から一七〇万円を借り受けて本件建物の修理を行なつた。本件建物の取得費は、以上の設備費・改良費を加えて二三〇〇万円になつたが、原告が右の設備・改良を行なうに至つた事情は、原告がかねて豊島税務署長らを相手に所得税等の返還を求めて折衝をしていた(原告は、特定財産管理令により凍結された財産については税を課すべきでないとの見解に基づき、大蔵大臣が本件建物の管理を怠つたため原告の妻が事務管理として本件建物で旅館営業を行なつた期間にかかるものとして納付した所得税・固定資産税の返還を要求していた。過程で繰り返し説明したのであるから、同税務署長は、右の設備費・改良費の支出について十分に知つていたはずである。また、別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は、原告が水野邦雄から賃借していたもので、原告は右水野からその底地権を代金八七九万六〇〇〇円で買い受けたものであるが、豊島税務署長は、原告について何の調査もせず、右水野が自己の譲渡所得につき過少に申告した五六六万三六〇〇円の金額をそのまま鵜呑みにして右底地権の代金額を認定した。さらに、原告は、本件譲渡の費用として四〇万円を支出した。
以上のとおり、本件譲渡資産の取得費および譲渡費用の合計は譲渡による総収入金額をこえることとなり、このことは、少なくとも、豊島税務署長において誠実に調査をすれば容易に知りえたものというべきであるにもかかわらず、同税務署長は何らの調査もしないで本件の課税処分をしたのである。
三 したがつて、原告は、右賦課にかかる税額を納付する義務はなかつたのであるが、被告国税局長より滞納処分による不動産等の差押えを受けるに至つたため、やむをえず、昭和四四年五月二日右所得税本税四四五万六八九〇円を被告国に納付したところ、被告国税局長は、さらに、無申告加算税一一一万四〇〇〇円、延滞税三六一万三八〇〇円、旧利子税二万一三八〇円の徴収のためと称し、昭和四五年一月一四日請求の趣旨記載のとおりの債権差押えをなしたものである。しかしながら、本件課税処分が前記のとおり無効である以上、これに基づく右差押処分も無効であることはいうまでもない。
よつて、右差押処分が無効であることの確認を求め、かつ、被告国に対し、原告が既に納付した四四五万六八九〇円の返還を求める。
第三被告らの答弁
一 原告主張の請求原因のうち、第一項記載の事実、および、第三項記載の事実中原告が所得税本税四四五万六八九〇円を納付し、被告国税局長が原告主張のような差押処分をしたことは認める。ただし、右差押えは、原告主張の税額のほかに、原告の昭和三六年分個人再評価税にかかる無申告加算税四万一〇〇〇円、延滞税一一万五三〇〇円、旧利子税七八〇円の徴収のためになされたものである。本件課税処分および滞納処分が違法であるとの点に関する原告の主張は、すべて争う。
二 本件譲渡所得の額の計算は次のとおりである。
本件土地・建物の譲渡収入は、原告主張のとおり三〇〇〇万である。
本件建物は原告が昭和二〇年頃から引き続き所有していたものであり、また本件土地は原告がその頃から本件建物の所有を目的とする借地権を有していたもので、昭和三六年中に所有者水野邦雄から代金五六六万三六〇〇円でその底地を原告が買い受け、所有権を取得したものであるところ、昭和三六年当時の所得税法(以下「旧所得税法」という。)一〇条の四第二項二号の規定により、昭和二七年一二月三一日以前に取得した資産にかかる同法九条一項八号に規定する取得価額・設備費・改良費および譲渡に関する経費は、資産再評価法による再評価額と昭和二七年一二月三一日以後に支出した設備費・改良費および譲渡に関する経費との合計額によることとなる。しかして、本件建物および前記借地権の再評価額は次のとおりである。
(一) 建物 二一八万五三一九円
財産税調査時期(昭和二一年三月三日午前零時。資産再評価法二条一〇項参照)前に取得した個人の有する事業用の家屋については、その財産税評価額をその取得価額とみなし、財産税調査時期をその取得の時期とみなされる(資産再評価法二五条一項、二六条)ところ、本件建物の財産税評価額は、本件建物の賃貸価格(家屋税法六条の規定によるもの)三〇六四円に東京財務局長が定めた評価倍数七〇を乗じて算出された二一万四四八〇円である(財産税法二五条一項参照)。そして、その再評価額は、右取得価額二一万四四八〇円に資産再評価法別表第一に定める再評価倍数(取得時期とみなされる昭和二一年三月三日当時における固定資産の耐用年数等に関する大蔵省令に定める事業用建物の耐用年数二七年の家屋に対する再評価倍数である。)一四を乗じて算出した三〇〇万二七二〇円から、昭和二八年一月一日から本件譲渡がなされた昭和三六年二月二四日までの減価償却額の累計額八一万七四〇一円を控除した二一八万五三一九円である。
(二) 借地権 七三万六二八〇円
右借地権の再評価額はその財産税評価額を四〇倍した額である(資産再評価法二一条二項参照)ところ、右財産評価額は本件土地の賃貸価格(地租法八条の規定によるもの)一坪あたり一四円に東京財務局長が定めた財産税土地家屋評価基準による評価倍数九を乗じ、さらに本件土地の坪数(一四六・〇九)を乗じて得た一万八四〇七円であるから、その四〇倍の七三万六二八〇円が再評価額となる。
そして、設備費・改良費および譲渡に関する経費については、後に述べるように、当時原告からこれが支出を立証する資料の呈示がなく、また、その支出の事実も認められなかつた。
したがつて、本件譲渡による所得は、譲渡収入三〇〇〇万円から上記の本件建物および借地権の再評価額合計二九二万一五九九円と本件土地(底地)の取得価額五六六万三六〇〇円を控除した二一四一万四八〇一円であり、これより一五万円を控除した金額の一〇分の五に相当する一〇六三万二四〇〇円が課税標準たる総所得金額となるから、その範囲内において原告の課税所得を認定した本件所得税・無申告加算税の賦課決定には誤りはないというべきである。
三 本件課税処分は、適法かつ十分な調査を経てなされたものである。すなわち、昭和三六年二月頃における原告住居地の所轄庁である小石川税務署長は、原告が本件土地・建物を大江貿易株式会社に譲渡した事実を知つたので、同社在所地の所轄庁である京橋税務署長に依頼して同社につき調査した結果、譲渡価額が三〇〇〇万円であることを確認した。そして、原告の転居に伴い本件譲渡の関係資料を引き継いだ豊島税務署長は、原告本人から事情を聴取するために所部係官を原告方に赴かせたが、不在の理由で面会ができず、その際原告への出署方の伝言を依頼し、その後も電話や書面により出署を求めたにもかかわらず、原告は一度も出署しなかつた。そこで、同税務署長は、前記調査結果に基づき把握した収入金額から、旧所得税法一〇条の四第二項二号を適用して算定した本件土地および建物の取得価額を控除して、本件課税処分をした。そして、審査請求の審理課程において、東京国税局協議団本部の担当協議官は、原告その他の関係者に面接して事情を聴取した結果、本件土地および建物の譲渡価格を確認したほか、原告が右土地(底地)を五六六万三六〇〇円で水野邦雄から譲り受けた事実が明らかとなつたが、日本相互銀行等からの借入金によつて本件建物の修繕等をした旨の原告の陳述については、原告から具体的な証明がなく、担当協議官が日本相互銀行小石川支店その他を調査した結果によつても原告のいう事実は認められなかつた。そこで、協議団は、右調査に基づいて原処分の一部を取り消す議決をなし、被告国税局長は、右議決に基づいて本件裁決をなすに至つたものである。
以上のとおり、本件課税処分には何ら瑕疵がないから、これが無効であることを前提とする原告の本訴請求は理由がない。
第四証拠
(原告)
甲第一ないし第八号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。
(被告ら)
乙第一ないし第八号証を提出し、証人斎藤安幸、吉成正豊の証言を援用し、甲第二ないし第七号証の成立を認め、同第一、第八号証の成立は不知と述べた。
理由
原告が昭和三六年二月二四日大江貿易株式会社に対し本件土地・建物を代金三〇〇〇万円で売り渡したところ、豊島税務署長は、原告が右譲渡により一三六七万九七一九円の所得(課税標準たる所得)を得たとして、原告に対し、昭和四〇年三月五日付で、昭和三六年分所得税につき税額六一六万一八三〇円、無申告加算税額一五四万二五〇円とする賦課決定をなし、該処分は、被告国税局長の昭和四一年七月一一日付裁決により、総所得金額一〇五七万九八二〇円、税額四四五万六八九〇円、無申告加算税額一一一万四〇〇〇円の限度で維持されたこと、原告が昭和四四年五月二日被告国に対し、右所得税額四四五万六八九〇円を納付したこと、被告国税局長は、右無申告加算税一一一万四〇〇〇円および右所得税額に対する延滞税三六一万三八〇〇円、旧利子税二万一三八〇円の徴収のため(同時に個人再評個税にかかる無申告加算税等の徴収のためでもあつたか否かは別として)、昭和四五年一月一四日、原告から住友不動産株式会社に対する実測精算金末収金債権六四四二万一六四〇円を差し押えたこと、そして、右審査裁決においては、譲渡による総収入金額から控除されるべき資産取得費等のうち本件土地(借地権を除いた底地)の取得価額が五六六万三六〇〇円と認定され、本件建物にかかる設備費・改良費、および、本件譲渡に要した費用はなかつたものとして、譲渡所得の金額の計算がなされ、その限度で本件課税処分が維持されていることは、いずれも、当事者間に争いがない。
原告は、本件課税処分には、本件土地の底地の取得価額が八七九万六〇〇〇円であつたこと、および、原告が本件建物に対し合計一〇二〇万円を費して設備・改良を加え、また、譲渡の費用として四〇万円を支出したことを看過して譲渡所得金額を認定した点において重大な瑕疵があり、かつ、右の事情は豊島税務署長において知つていたか、あるいは、容易に知りえたのであるから、右瑕疵は明白であつて、課税処分の前提として何らの調査もされていない点とともに、本件課税処分を当然に無効ならしめる瑕疵にあたる旨主張する。
よつて案ずるに、証人吉成正豊、斉藤安幸の各証言および弁論の全趣旨によれば、豊島税務署長は、昭和三九年夏頃、原告の前住居地を管轄する小石川税務署長からの引継により、原告が昭和三六年に本件土地・建物を譲渡した事実を知つたので、これによる譲渡所得の有無・金額を調査するため、所部職員を原告方に赴かせたが、不在のため有うことができず、その後、書面によつて原告に来署を促したけれども、原告は同税務署長に出頭せず、本件土地建物の取得費等についての申立もしなかつたので、同税務署長は、すでに前所轄庁における調査の結果判明していた譲渡価額三〇〇〇万円を収入金額とし、一方、本件土地建物は昭和二七年一二月三一日以前の取得にかかるものと認め、旧所得税法一〇条の四第二項二号を適用して再評価額により取得価額を算定し、かつ、同日以降本件建物にかかる設費費・改良費および本件譲渡に要する費用の支出は、これを認めるべき根拠がなかつたところから、支出がなかつたものとして譲渡所得を計算し、本件所得税の賦課決定をしたこと、その後、原告の異議申立(のちに審査請求とみなされた。)に基づき、東京国税局協議団本部の協議官が原告と面談して事情を聴取したところ、本件土地は原告においてかねて借地権を有していたが昭和三六年頃の売買により所有権(底地権)を取得したものであることが始めて判明したので、売主である水野邦雄から本件土地の管理を委され、原告への売買にも立ち会つた板倉心一の妻について右売買代金を調査し、五六六万三六〇〇円である旨の回答を得たこと、また、原告は、右面談の際、日本相互銀行小石川支店その他からの相当額の借入金によつて本件建物は修繕等を加えた旨述べたので、協議官は原告のいう各借入先について調査をしたが、本件建物の修繕等のために貸出しがされた事実は認められず、また、修繕費用および本件譲渡の費用については、協議官の求めにもかかわらず、原告からはそれ以上の明細な説明も証明資料の提出もされなかつたこと、そこで、結局、本件譲渡による所得は、収入金額三〇〇〇万円から本件土地(底地)の取得価額五六六万三六〇〇円と本件建物および借地権の再評価額とを控除した額となるとの判断のもとに、協議団の裁決に基づき、前叙のとおり原課税処分の一部を取り消す旨の裁決がなされその余は維持されたものであることが認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信することができず、他に右認定を左右すべき証拠はない。
以上の事実に照らして考えれば、本件課税をもつて何らの調査もしないままなされた根拠のない無効な処分とはいえないし、また、原告が真実その主張のような設備費・改良費および譲渡費用を支出したかどうかにはかかわりなく、裁決によつて維持された限度における本件課税処分の譲渡所得金額の認定が客観的に明白な誤認によるものであるとは到底いえないことが明らかであるから、本件課税処分が当然に無効である旨の原告の主張は理由がないというべきである。
されば、本件課税処分の無効を前提として、差押処分の無効確認および納付した税金の返還を求める原告の本件各請求は、所詮、失当たることを免れない。
よつて、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横山長 裁判官 南新吾 裁判官竹田穣は転任につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 横山長)
目録
東京都文京区柳町二二番
一 宅地 一四六坪〇九
同所同番地 家屋番号同町四八番
一 木造銅葺二階建店舗 建坪一七〇坪二五
右に附属する立木、庭石、門、塀その他造作一切